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2007.12.16

忘年会議2007、あとで考えたこと、備忘録。

SANY0002.JPG 忘年会議2007。今年も参加できた。

 様々な方が、会議のまとめをUpしてくれそうなのでw、私は会議に参加して感じたこと、懇親会や帰りの電車での会話とかその後に考えたことのまとめを少し書いてみる。(振り返りのためのメモ)

 2007年は、マイクロブログとかニコニコ動画とか実に多様な先鋭的なサービスが登場した。ただこの先、これらがmixiのように、誰もが知りえるようなサービスになるかどうかは、まだよくわからない。

 続けられるシステムになるのかどうか...。Web2.0というトレンドの中で生まれている多くのサービスは、とても魅力的でワクワクさせてくれるものだが、それがどうやって長続きするのか、ほとんどの場合、まだ答えがだせない状況に見える。

多くはネット広告の仕組みに依るのだろうが、PVと歩合制を基本とするネット広告の仕組みを変えるような動きがもっと表に出てこない限りは、日本の状況を考えると先行きはそれほど明るくない気がする。ただ、PV偏重の打破の試みとか先日のYouTubeのクリエイティブへの課金の開始とか注目すべき事例もいくつか出てきているようで、そうした動きが加速することを期待しているし、さらにワクワクすることが起こることを楽しみにしたい。

 もうひとつ、忘年会議の中でも、所謂「ケータイ」とその周辺の躍進が様々、紹介されていた。2007年は脱PC、ネットサービスにおける「ケータイ」の躍進の年だった。まだまだトラフィック的には小さなケータイ市場ではあるが、ケータイのプラットフォームが持つ、サービスに課金することへの敷居の低さは、注目すべき大きな特徴ではないかと思う。良いサービスやコンテンツ、リスペクトすべき人・事を適正に評価すること。まさにそこにお金の流れを作ることがこれから先とても大切なことになってきそうだ。

 ケータイとかリアルに肌身離さず使える端末、定額制が当たり前で、ネットとの常時接続がだれでもどこでも可能になる。それがますます当たり前の事になりつつある。こうした中で、PCとか敷居の高い端末を必要としない、使えない場面での自分が満たされる装置としてのケータイの活用が加速する予感。まだまだトラフィック的にはPCとは桁が違う状況にあるケータイのネット利用だけれども、一部のユーザにとっては、すでになくてはならないものになりつつあるのは間違いない。

 人間はコミュニケーションで喜怒哀楽する。喜怒哀楽することを人は基本的に欲している。自分を癒すためのコミュニケーションツール、そのインフラとして「ケータイ」はすでに機能しているし、さらにその範囲を拡大していくだろう。ここで重要なのは、決してPCの次はケータイというのではなくて、シチュエーションの広がりとチャネルの広がりが起こるということ。PCを必要としない人たちへのマーケット。NextPCではなく、汎ネットサービスって感じだな。

 忘年会議で今年を一字で表すとと言うお題。協賛のYahoo!が選んだ一文字が「笑」。理由としてあげられていたのがみんなで集まって楽しむ。そこに笑いが起こる。そういうサービスなり出来事が、ネットで起こり始めている、それが顕在化してきていることをあげていた。リアルなつながり、繋がることで癒される世界。同じ場所に立つことに依る安心感。繋がる相手は多ければ多いほどよい。まさに自己充足的な世界がそこにある。

 来年は、そうしたことにちょっと注目してみよう。ああ、いつものようになんだか、とりとめがなくなってしまった。まったく昨日の忘年会議の内容とはずれたことを考えてしまったが、いやもう、すごく勉強になったことは間違いないのだ。
 田口さん、橋本さん 素晴らしい会議をありがとうございました。協賛のYahoo!社も流石。目の付け所がいいなぁ。来年もよろしくお願いします。

 忘年会議の全体会議でなんと2番目の賞をいただいたのが、今回一番うれしかったこと。w ヘルネット欲しいよ(笑 グループでご一緒だった皆様、ありがとうございました。_o_

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